「識」よりも「意」を優先して生きましょう

波動アセンション

kiiidhxndhnuxd.jpg

禅では「意識」という言葉を「意」と「識」に分けて説明しています。


「意識」の「意」とは、

「この人とは気が合うかも」、

「この人は雰囲気がいいな」など、

直感的にそのように思うこと表します。


「意識」の「識」とは、

「この人と仲良くしていれば損はない」

「この人と付き合っていても何のメリットもない」など、

損得勘定で判断することを表します。


一見、このように見てみると、

「意」が良くて、「識」が悪いと感じてしまうかもしれませんが、

これは別にどちらが良くてどちらが悪いということではありません。

社会生活を営んでいく上では損得勘定で判断することも必要ですし、

誰もが損をするよりも得をしたいと思うのは当然のことでしょう。

しかし、だからといって「意」を無視して「識」だけで生きてはいけません。


本当は「この人とは一緒にいたくない」と思いながらも、

「この人はお金を持っているから」という理由で付き合っていたり、

本当は「海外で働くことにチャレンジしてみたい」と思いながらも、

「日本で仕事をしている方が収入は多い」という理由で働いていたりなど、

自分の本当の気持ちを押し殺して「意」ではなく「識」を優先しているのなら、

それは「自分の気持ちに嘘をついて生きている」ということになります。


もちろん、それが決して悪いということではありませんし、

お金、家族、今の自分に与えられている役割などの問題もあるでしょう。


しかし、だからといって自分の本当の気持ちに蓋をして、

いつまでも自分の気持ちに気づかないフリをしているのではなく、

「自分は本当に今のままでいいのか?」

「自分が心から納得できる生き方は何か?」


自分自身とじっくりと向き合ってみることも大切なことです。

自分は自分に嘘をつくことはできませんから、

それらの質問に対する自分の「感情」がそのまま答えになるでしょう。


損得勘定で考えて答えを出すことも時には必要ですが、

自分の気持ちや直感を最優先にして答えを出し、

「意のままに生きる」ことも忘れないでください。


誰もが1回きりの人生を生きていて決して時間は戻りません。

損得勘定やその結果ばかりを考えて生きるのではなく、

自分が素直に「好き」と思う人たちと付き合えばいいですし、

自分が素直に「やりたい」と思うことをやればいいでしょう。

それに、そのような生き方をしている人は誰もが素敵な笑顔をしているものです。


今日も一日、良い思考で良い波動を


【応援してくれる方に心から感謝します】
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事
Posted by波動アセンション

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply

スポンサーリンク