自殺を減らすためには社会が変わらなければいけません

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自殺を本気で考えている人に、

「死んではいけません。生きていれば良いこともありますよ」と言えば、

「何の根拠も無く何の責任も取らないくせに適当なことを言うな!」

このように反論されるかもしれません。


自殺を本気で考えている人に、

「自殺するくらいなら何でもできるはずですよ」と言えば、

「何でもできるのならとっくにやっている!」

このように反論されるかもしれません。


自殺を本気で考えている人に、

「あなたが自殺したら家族や友人など周囲の人が悲しみますよ」と言えば、

「それなら、家族や友人など誰もいなければ自殺してもいいのか?」

このように反論されるかもしれません。


自殺を本気で考えている人に、

「世の中には生きたくても生きられない人もいるのですよ」と言えば、

「私が自殺をやめたらその人は助かるのか?そうではないでしょう?」

このように反論されるかもしれません。


何が言いたいのかというと、

人生に絶望して心が虚無に堕ち本気で自殺を考えているような人に、

他人が上記のような安易な言葉を投げたところで心には届くことは少なく、

そのような言葉ではその人たちを救うことは難しいということです。


では、「どうすれば救えるのか?」ということになりますが、

今のこの社会には受け皿が無いような気がします。


社会 「自殺はいけません」

自殺願望者 「分かりました。自殺は止めます」

社会 「よかったです。がんばってください」

自殺願望者 「それで私はこれからどうしたらよいのでしょう?」

社会 「知りません。それは自分で考えてください。それでは」


確かに、自分の人生は自分自身で切り開いて進んでいくものです。

しかし、自殺を思い止まった直後の人は身も心もボロボロの状態なのです。

その状態で「自分で何とかしなさい」と放り出す。

自殺はいけないというのなら各地に支援施設を多く作るなど、

具体的に何らかの手を差し伸べる必要があるのではないかと感じます。


自殺は追い詰められた末の死であり、

避けることのできる死であると言われています。


実際にフィンランドでは国家プロジェクトとして自殺対策に取り組み、

10年間で自殺率を3割減少させたというデータもあるそうです。

日本での自殺者は毎年3万人以上といわれていますが、

日本もフィンランドのように本気で対策をすれば必ず自殺率を減少できるはずです。


自殺は殺人と同じことです。

綺麗な殺人がないように綺麗な自殺もありません。

オランダなどのように法律で安楽死が認められている国もありますが、

決して自殺を美化しないでもらいたいのです。


あなたの肉体は宇宙からの借り物であり本当はあなたのものではないのです。

あなたの肉体は時が来たら宇宙にお返ししなければならないものです。

この世に命を授かり生まれてきた以上は、

最後まで命を全うするのが人間としての義務なのです。

それに、この世に生まれてくることを望んだのは他でもない自分自身なのですから。

自分のかけがえのない命を大切に扱ってください。


今日も1日、良い思考で良い波動を。


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