2017年12月

大切なものを失う前に気付こうとする意識を持ちましょう

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本当はとても大切なのに、

その大切なものに甘えて負担をかけていれば、

いつかその大切なものが潰れてしまうかもしれません。

そうなれば、きっと自らの甘さと愚かさに打ちのめされることでしょう。

失って気付くのではなく、失う前に気付くことです。


しかし、人は失う前に気付くことは難しいのかもしれません。

失ってしまったからこそ初めて気付けることもあるでしょうが、

それでも、失う前に気付こうとする気持ちが大切でしょう。


自分がいつも当たり前だと思っていること、

それは本当に当たり前なのかを考えてみてください。


いつも愛する人が食事を作り家で待ってくれていること。

いつも子供が健康で元気でいてくれていること。

いつも何でも話せる友人たちと繋がっていられていること。

いつも親がそばにいていろいろと世話をしてくれていること。

いつも仕事で困った時は手伝ってくれる仲間がいてくれていること。

いつもペットが甘えてきて心を癒してくれていること。


私たちはこれらのようなことが日常になってしまっていて、

「それが普通のこと」と普段は特に気にもしないかもしれません。

本当はそれらを失ってしまったら大変なことになると分かっていながらも、

時に、私たちはそのことに甘え、わがままになり、

最初はどれほど感謝をして有難さを感じていたとしても、

それが「当たり前」になってしまうと人は感謝を忘れてしまいがちになります。


好きな人と一緒になれた時に感じた幸せも、

やりたい仕事ができるようになった時の嬉しさも、

欲しい物をやっとの思いで買うことができた時の感動も、

いつしかそれが「普通」、「当たり前」のこととなり、

そのことに対して特に何も感じなくなってしまいがちです。


ただ、それがダメであるとか、いけないということよりも、

「人というのはそういうもの」なのだと思います。

だからといって、「それなら仕方がない」ではなく、

人というのはそういうものであるからこそ、

意識してそれらのことに感謝することが大切なのだと感じます。


本当は自分にとってこの上なく重要で有難く思っているのに、

「当たり前」という日常の中に埋没してしまって、

意識して見ようとしなければ見えなくなってしまっている大切なもの、

それらを失う前に気付けることは失う前に気付いてみませんか?


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自分が本当にやりたいことをやって生きてみませんか?

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昔、ある有名な男性3人組のバンドがありました。

そのバンドの曲はアニメやCMなどに起用されとても人気がありましたが、

そのバンドのボーカルは今のようなポップな曲ではなく、

本当はもっと激しいロックな曲を歌いたいとずっと思っていました。


しかし、今のバンドのスタイルをガラリと変えてしまったら、

今まで応援してくれているファンは減ってしまうだろうし、

今のようなCDの売り上げも見込めないということで、

事務所やプロデューサーから反対されて悩んでいましたが、

結果的に、そのボーカルとギターはバンドを脱退し、

バンドに残った1人が新メンバーを入れて活動することになりましたが、

その後、そのバンドは今までのようなヒット曲は出せず解散してしまいました。


そして、バンドを脱退した2人は新たなバンドを結成し、

自分たちが本当にやりたかった曲で勝負することになりました。

最初は前のバンドのファンの人たちも応援してくれていましたが、

次第にCDの売り上げもライブに来てくれるファンの数も減っていき、

今ではかつてのような大きな会場で歌うことはなくなり、

小さなライブハウスでしか歌うことができなくなりましたが、

「今は自分が本当にやりたかった音楽ができている」と、

本人は過去の栄光にすがることもなく今を楽しんでいるそうです。


人に良く見られたい、思われたいからといって、

人に幸せだと思われるように自分を偽って生きるより、

もっと「本当の自分」を出して生きてみませんか?


「誰のための人生か?」

「何のための人生か?」

「これに自分は納得しているのか?」

「これで今自分は幸せなのか?」



これらのことを自問自答しながら、

人目を気にしたり、世間の評価に振り回されず、

自分が本当にやりたいことをやって生きてみませんか?


時に、人からネガティブな目で見られたり、

変な勘違いをされてしまうことがあるかもしれません。

でも、いいじゃありませんか。

誰に迷惑をかけているわけでもありません。

ただ、自分の人生を精一杯に楽しく生きているだけなのですから。


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親友という素敵なダイヤモンドを大切に

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今あなたには友達が何人いますか?


世の中では友達は多ければ多いほどいいと考えられがちですが、

本当は友達の数が多ければ良く、少なければダメというわけではありません。

もし、友達の数に良い悪いがあるとするならそれは自分が決めればいいのです。

ですが、世の中には友達が少ないことを恥のように感じている人もいます。


「友達が少ない自分はダメで価値が無い」

「友達が少ない自分は人間としてどこか欠陥がある」

「友達が少ない自分は社会不適合者である」


ただ、「友達が少ない」というそれだけの理由で自信を無くし、

自分で自分に「ダメ」のレッテルを貼って苦しみ、

自分自身を責めて心や体を傷つけてしまっている人もいます。


もちろん、友達が多ければ賑やかで楽しいですし、

多くの友達からいろいろな情報を得ることもできますから、

友達が多くて損をすることはありませんが、

友達が少ないからといって不幸になるわけでもありません。


初対面で誰とでも明るく喋ることができる人もいれば、

人見知りで時間をかけないと人と喋ることができない人もいます。

それによって友達を多く作れる人もいれば、そうではない人もいますが、

そうではない人は友達の数を増やすことよりも、

気の合いそうな1人と時間をかけてゆっくり親交を深めて、

その人と親友になることを考えてみるのがいいと思います。


友達と呼べるような人がほとんどいないとしても、

私たちは誰かと友達の数を競い合ったり、

友達の数を自慢しながら生きているわけではないので、

親友と呼べる人が1人でもいればそれでよいのではないでしょうか?


親友の定義は人それぞれ違うでしょうが、

個人的には自分の深い悩みや弱さなどを全てさらけ出し、

それを本気で受け入れてくれる人が親友と呼べるものだと思っています。

それは「普通の友達」にはなかなかさらけ出せないものです。


「普通の友達」がダイヤモンドの原石であるとすれば、

「親友」はピカピカに磨かれた素敵なダイヤモンドでしょう。

多くのダイヤモンドの原石を磨きながら楽しく暮らすことも素敵ですが、

すでに素敵なダイヤモンドを1つでも持っているのなら、

それだけで自分に素敵な光を浴びせてくれているのです。

そのことに気付いてどんな時も自分のそばにいて力になってくれる、

そんな「親友という素敵なダイヤモンド」を大切にしてください。


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人との縁は宇宙の流れにお任せしましょう

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人との縁というものは不思議なもので、

こちらが「この人と縁を結びたい」と思っていても、

残念ながらその人との縁が繋がらずに終わってしまうこともあれば、

こちらが「この人とは縁が無さそうだな」と思っていても、

なぜかその人との縁が知らない間に濃くなっていたりもします。


誰でも自分の今までの人生を振り返ってみれば、

学生時代にとても仲の良かった人であっても、

卒業して社会に出て気づけば何年も疎遠になっていたり、

最初に出会った時には全く意識しておらず、

「まさかこの人と」と思っていた人と恋人になったりなど、

自分でも「なんでだろう?」と思うようなこともあるでしょう。


このように考えてみると、

縁というものは自分の力でコントロールできるものではなく、

全ての縁は宇宙の流れに任せることしかできないのかもしれません。


しかし、「あの人と縁を結びたい」と願うことが無駄というわけではなく、

そのような気持ちがあればそうなるために努力すればよいのですが、

だからといってその縁にいつまでも執着するようなことはせず、

自分のやれることを全てやったのであれば、

その縁がどうなるのかは宇宙の流れにお任せするのがよいでしょう。


自分の手によってめでたく誰かと結ぶことができた縁も、

自分の意思とは別に宇宙の流れで自然に結ばれた縁も、

それはどちらも自分にとって意味のある縁であることを忘れないでください。


また、自分の元に来る縁もあれば、

自分の元から離れていく縁もありますが、

どの縁が残り、どの縁が去っていくのかは分かりません。

それを自分ではどうすることもできないものであるのなら、

それは全て宇宙の自然な流れにお任せして、

私たちはそれを全て静かに受け入れることが良いのでしょう。


ただ、悪縁というものは早く断ち切るのがいいでしょう。

しかし、その縁がなぜ自分の元に運ばれて来たのかというのは、

自分の今までの考え方や生き方がその縁を運んで来たのだと考え、

自分の今までの生活を見直し改善していく必要があるでしょう。


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