2017年08月

簡素な生活をしてみませんか?

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「簡素な生活」と「質素な生活」

これは同じ意味だと思うかもしれませんが実は違います。


【簡素な生活】

自分の周りから無駄な物を排除し、

自分にとって本当に必要な物を大切にしながら生活すること。


【質素な生活】

贅沢をせずに高い物ではなく安い物を選択し、

できるだけお金をかけずにつつましく生活すること。


ですから、例えば新しいバッグが必要になった場合、

簡素な生活をしている人は高くても気に入ったバッグを買い、

そのバッグを長年愛用して大切に使うでしょうし、

質素な生活をしている人はデザインにはあまりこだわらず、

できるだけ安いバッグを探して買ったり、

または誰かから無料で譲り受けたバッグを使うでしょう。


どちらが良くてどちらが悪いというわけではありませんが、

お金がなくて生活に困っているわけではないのなら、

個人的には「簡素な生活」の方をおススメします。


今の自分の生活を振り返ったり部屋の中をよく見渡してみて、

自分にとって本当は何が必要で何が不必要なのかを考え、

自分の生活から無駄なものをそぎ落とし、

自分が本当に必要で大事にしたいと思うモノ、

自分の心を本当の意味で癒してくれること、

自分にとっては高いお金を出しても価値がある物、

そういう物だけを身近に置いて感謝しながら生活していく。


今では断捨離という言葉もすっかり根付いていますが、

そのような生活を続けていくことで自然に部屋の中がスッキリしますし、

同じく心の中もスッキリとして毎日を軽やかに過ごすことができるでしょう。


今日も一日、良い思考で良い波動を


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自分が人とは違うことを恐れることはありません

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この世界、特に日本では小さい頃から、

「みんなと同じであることは良いことである」

というようなことが学校や親から教えられている気がします。


もちろん、学校や会社などの集団生活の中では好き勝手にされては困りますから、

社会生活を営んでいくうえではみんなと同じにしなければいけないこともあります。


しかし、そもそも、人はみんなそれぞれ違うことが当たり前なのですから、

その違いが社会的に許されないことでないのなら、

自分が人とは違うことを必要以上に恐れたり隠したりしなくてもよいのです。


「みんなと同じにしていれば安心で安全」という考えもあるでしょうが、

この世界には他とは違ういろいろな人がいるからこそ楽しいのです。

この世界には他とは違ういろいろな色があるからこそ美しいのです。



自分が人とは違うことは悪いことではなく個性なのです。

自分が人とは違うということで笑われたり、

陰口や悪口を言われたり、イジメられたりするのなら、

そのような人たちを排除しようとするよりも、

そのような人たちを避けて意識を向けず、

極力、自分の人生に入り込ませないようにすればよいのです。


自分を嫌う人や攻撃してくる人には近づかず、

人とは違う自分の個性を受け入れてくれる人を見つけることです。

そうすればそこが自分にとってとても居心地が良い場所になります。

その場所は傷つくことを恐れて行動しなければ見つけることはできません。


もし、その場所を見つけることができれば、

今までの自分の目線が変わり、世界が変わり、生き方が変わり、人生が変わり、

毎日を穏やかに笑顔で楽しく生きていくことができるでしょう。


今日も一日、良い思考で良い波動を


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何も持たずに生まれて何も持たずに死んでいくとしても

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私たちは誰もが最初に何も持たずに生まれてきて、

私たちの誰もが最後も何も持たずに死んでいきます。

そこに不公平はなく、誰もが平等です。


どれほど多くの物に囲まれていようとも、

どれだけの財産を手に入れようとも、

必ず人は誰もが最後は何も持っていくことなく死んでいきます。


このようなことを書いてしまうと、

「結局、最後はゼロになるなら空しい」

「それなら人生は頑張っても仕方がない」

「それなら真面目に生きているのがバカバカしい」

そのようにネガティブに思ってしまう人もいるかもしれません。


しかし、それは食べ物で簡単に例えてみると、

「おいしいケーキも食べたら無くなってしまうのなら意味がない」

そう言って、せっかくのケーキを食べないでいるのと同じようなものです。


人生の最初と最後は誰もが同じなのですが、

人生で何を経験することができたのか?

人生でどれだけの幸せを感じることができたのか?

人生をどのように生きたのか?


それは人それぞれ違います。


最後は何も持っていくことはできないとしても、

今目の前に人生というおいしいケーキがあるのですから食べればいいでしょう。

せっかくのケーキを食べずにそのまま放置して腐らせてしまったり、

そのケーキを自ら踏み潰して台無しにしてしまうのは愚かなことです。


生きていれば嬉しいことも悲しいこともいろいろなことが起こりますが、

自分の人生に何が起きたとしても最後はみんな同じ場所に帰っていくのですから、

人生をあまり深刻になりすぎないようにもっと気持ちを楽にして、

自分のやりたいことを楽しみながら安心して最後まで生きていきましょう。


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後悔という過去の苦しい幻から逃れるために

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あなたが過去をいくら後悔しているとしても、

終わってしまったことを変えることはできません。

過去は過去であり、今はもう今しかないのですから。


人は生きていれば誰でも終わったこと、過ぎ去ったこと、

自分の過去についていくつかの後悔をするでしょうが、

その苦しみや悲しみから逃れるためには、

基本的に「終わったことは仕方がない」と考えることです。


それはとても単純な話なのですが、

このとても単純なことがとても難しく、

頭では分かっていてもついつい過去のことを何度もほじくり返し、

「ああしておけばよかった」、「こうしておくべきだった」など、

長々と過去に執着して苦しんでしまうのが人間というものです。


それでも、誰も過去に戻ることはできないのですから、

やはり終わってしまったことは受け入れるしかありません。

そして、後悔をただの苦しみや悲しみで終わらせるのではなく、

その経験から「何が学べるのか?」ということを考え、

再び同じ間違いをしないように前を向くしかありません。


私たち人間という生き物はどうしても過去や未来に意識を向けがちですが、

動物や昆虫など他の生き物には過去や未来という感覚はありません。

「あの時こうしておけばよかったのに自分はバカだな」、

「あの時何で自分はあんなことをしたのだろう?」など、

「過去を後悔する」ということはありませんし、

そもそも、昨日のことも明日のことも考えてはいないのです。


他の生き物たちはいつでも「今」という一瞬だけを全力で生きています。

過去や未来のことをいちいち考えているのは人間だけですし、

そのことで悩んで苦しんで自殺するのも人間だけであり、

他の生き物たちは過去を悔やんで自殺するようなことはありません。


ただ、これは「過去など全く気にするな!」という話ではなく、

いつでもここにあるのは「今」だけであるという真実に気づき、

早く自分の意識を「今」のこの瞬間に戻してあげることにより、

今は存在しない過去という幻の暗い森の中をいつまでも彷徨い続け、

その中で傷つき、悲しみ、苦しんでいる自分を救ってあげてほしいのです。


今日も一日、良い思考で良い波動を


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