2017年06月

今日1日だけ心配や悩みを捨てて生きてみませんか?

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人生で何も心配や悩みがない生活は素晴らしいと思うでしょうが、

大人でも子供でも、男性でも女性でも、正社員でもアルバイトでも、

独身でも既婚でも、お金があっても無くても、学歴があってもなくても、

人は誰でも何か心配や悩みを抱えながら生きているといってもいいでしょう。


それは日常の小さな心配や悩みもあれば、

人生にとっての大きな心配や悩みもあるでしょう。


それは自分自身に対する心配や悩みもあれば、

自分以外の人に対する心配や悩みもあるでしょう。


それは実際に今の自分に起きている心配や悩みもあれば、

まだ見ぬ未来への心配や悩みもあるでしょう。


全く何も心配や悩みがない毎日を送りたいと思っていても、

生きていれば何かしらの心配や悩みが勝手に浮かんでくるものであり、

生きているかぎり心配や悩みが無くならないのが人間なのかもしれません。


それでも、今日1日だけ心配や悩みを捨てて生きてみませんか?


あなたが今どのような心配や悩みを抱えているとしても、

今日1日だけはそのことを全く考えないで生きてみませんか?

今日1日だけはそのことに全く意識を向けずに生きてみませんか?

今日1日だけは自分が今やるべきことだけに集中して生きてみませんか?

今日1日だけは今というこの瞬間だけを全力で楽しんで生きてみませんか?


今のあなたが抱えている心配や悩みは一旦横に置いておいて、

今日だけは深刻な顔を捨てて、にこやかな顔をしてみてください。

もちろん、そうしたからといって心配や悩みが消えるわけではありませんが、

そうすることで今まで閉め切っていた心の中に爽やかな風が吹き抜けるような、

そんな清々しい気持ちになって少しはスッキリするはずです。


生きていれば人生いろんなことが起こります。

ですが、いろんなことが起こるのが人生というものです。

人生にはいろいろありますがほとんどのことは「なんとかなるもの」です。

あまり深刻になり過ぎず前向きに穏やかな気持ちで楽に生きていきましょう。


今日も一日、良い思考で良い波動を


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期待を手放して楽に生きてみませんか?

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楽に生きたいのなら「期待すること」をやめることです。


ただ、これは決してネガティブな意味ではなく、

ポジティブな意味で「期待しない」ということです。


例えば、昔の友人に年賀状を出したとします。

その後いくら待ってもその友人から年賀状は返ってきません。

すると、「何で返して来ないの?」と思うでしょう。


しかし、それはこちらが勝手に、

「年賀状を出したのだから相手からも返ってくるはず」

そう思ってこちらが勝手に期待して待っていただけの話です。


例えば、知り合いのケータイに電話をかけても出なかったとします。

その後いくら待っても相手から折り返しの電話はありません。

すると、「何でかけ直して来ないの?」と思うでしょう。


しかし、それはこちらが勝手に、

「着信が残っているのだから後で電話してくるはず」

そう思ってこちらが勝手に期待して待っていただけの話です。


もちろん、人には誰でも感情があるわけですから、

自分が思っていたことを相手がしてくれなかった時は、

「何でなの?」と思ってしまうかもしれませんが、

そこには自分の一方的な「期待」があったからです。


昔の友人から年賀状が返ってこなくても、

相手から折り返しの電話がかかってこなくても、

そのことに自分が「良い、悪い」のジャッジをするのではなく、

ただ、そのことに対して素直に「ああ、そうか」と、

実際に起きたことをそのまま受け止めることです。



誤解のないように言っておきますが、

何かに期待することがいけないと言っているわけではなく、

世の中、何かに期待しすぎていたり、何かを求めすぎていたり、

そのようなことで悩み苦しんでいるような人が多いような気がするのです。


「こうなったらいいな」、「こうであったら嬉しいな」など、

そのように思うのはよいのですが、

「こうあるべきだ」、「こうしてくれるはず」など、

そのような余計な執着や期待は手放して、

実際に「なるようになったこと」を素直に受け入れることで、

「何で?」、「どうして?」という悩みや苦しみに囚われることなく、

もっと気持ちを楽に生きることができるでしょう。


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死ぬということは本来の自分に戻るということ

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もしも、私が今日死んだとしても、

明日も世の中は何も変わることはなく、

いつものように当然のようにそれぞれの生活を続けるでしょう。


もしも、私が今日死んだとしても、

明日もこの世界は何も変わることはなく、

いつものように当然のようにあり続けるでしょう。


それが悲しいということでもなく、

それが残念であるということでもありません。

それでよいのです。


自分の死を世の中に知らせたいということでもなく、

自分の死によって世界に変化を与えたいということでもありません。

それでよいのです。


今日も世界のどこかで誰かの命が終わりを迎え、

今日も世界のどこかで誰かの命が誕生しています。

その宇宙の自然なサイクルには誰も逆らうことはできません。


私たちは誰もが死によって人生という長い夢から目覚め、

肉体という衣を脱ぎ捨て本来のエネルギーそのものとなり、

再び大いなる宇宙へと帰って暖かく迎え入れられ1つとなるのです。


死は決してネガティブなものではありませんし、

死は誰にも必ず訪れるものなのです。

死は決して嘆き悲しむべきものではありませんし、

死ぬということは「元々の本当の自分に戻る」ということなのです。


そして、またいつか海から泡が自然に湧き出るように、

またいつか私たちは宇宙から自然に個としての命を与えられ、

気が付いた時には何故か「自分」という感覚を持っていて、

気が付いた時には何故かこの世で人生というものを生きているのです。


宇宙は私たちから切り離されているものではなく、

宇宙は私たちといつでも繋がっているのです。

そもそも、私たちは宇宙の一部であり、宇宙そのものなのです。

だから安心してください。何も恐れることはないのです。

その時が来たら「良い夢を見た」と思いながら安らかに死にましょう。

そのためにも毎日を大切にし、愛する人に優しさを与え、

人生という自分の物語を精一杯に楽しんで味わいましょう。


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自分が意識を向けたものにエネルギーが流れていく

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自分にとって良いことであれ、悪いことであれ、

自分が意識を向けたものにエネルギーが流れていきます。

そして、そのエネルギーが流れた方向にあるものが現象として、

実際に自分の目の前に現れてきます。



ですから、「自分には生きている価値がない」、

「自分には何かが欠落している」と思いながら生きていると、

さらに「自分には価値がない、何かが欠落している」

そのように思いたくなるようなことが現象として現れてきます。


そして、「ああ、やっぱり自分は価値がなく何かが欠落しているのだ」と、

そのネガティブな観念をさらに強固にしてしまい、

ネガティブな自分のセルフイメージを作り上げてしまうことになります。


最初にも言いましたが、

自分にとって良いことであれ、悪いことであれ、

自分が意識を向けたものにエネルギーが流れていくのですから、

自分が嫌だと思っていたり、望まないことを打ち消そうとするのではなく、

とりあえず、そのような思考は横に置いておいて、

「自分が心地よくなること」に意識を向けるべきなのです。


以前、実際に私の友人が経験した話なのですが、

ある日、友人が車を運転していた時、

20人くらいの暴走族に遭遇して横に並ばれ車を煽られたり、

信号待ちで威嚇されたりしてとても怖い思いをしたそうです。


その時に友人は「怖い!もう嫌だ!」と思い、

本当はそのまま真っすぐ道を進みたかったのだけれども、

途中でわざと道を曲がったそうです。

すると、暴走族はそのまま道を真っすぐ走っていき、

「ああ、よかった」と安心したそうです。


しばらく休憩をしてまた車を走らせていると、

今度は6人くらいの別の暴走族と遭遇してしまい、

「ああ、今日はなんて運が悪いんだ・・・」と思ったそうです。


そして、友人が目的を終えて家に帰ろうとした時、

さっきの道を通ればまた暴走族と遭遇してしまうかもしれないと思い、

少し遠回りになるけれど今度は違う道を通って帰ることにしたのに、

そこでもまた暴走族に遭遇してしまい怖い目に遭ってしまったそうです。


しかし、それはただ運が悪かったというよりも、

最初に暴走族に遭遇して怖い思いをした時に、

「もう絶対に暴走族なんかと遭遇したくない!」と強く意識を向け、

その後もずっとそこに強い意識を延々と向け続けていたため、

その思考エネルギーが「望まないこと」に流れていくことになってしまい、

結局、何度も暴走族と遭遇してしまうことになったのでしょう。


もし、その時に暴走族に意識を向け続けることをやめて気持ちを切り替え、

「自分が心地よくなること」に意識を向けていればどうだったでしょうか?

そうすれば、きっとその後にはもう暴走族に遭遇することはなかったでしょう。


今日も一日、良い思考で良い波動を


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