2016年07月

全ての出来事は自分が意味付けをしています

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私たちは誰もが「幸せ」を求めていると思いますが、

「幸せ」という形のものがどこかにあるわけでもなく、

「これが幸せですよ」というものがどこかに存在しているわけでもありません。


また、それは不幸も同じです。

「不幸」という形のものがどこかにあるわけではなく、

自分が「不幸」だと思うものは最初から「不幸」だったわけでもなく、

自分がそれを不幸だと意味付けしたことによってそれが不幸になったのです。


好きな人と結婚をして子供を授かることが幸せだと思うかもしれません。

いきなり交通事故に遭って入院することが不幸だと思うかもしれません。


しかし、本当の意味ではどちらが幸せでも不幸でも無いのです。

ただ、好きな人と結婚をして子供を授かったという現実があるだけであり、

ただ、いきなり交通事故に遭って入院したという現実があるだけであり、

本当はそこには「ただ、そういう現実がある」というだけのことであって、

その現実を「幸せだ」、「不幸だ」と意味付けをして区別したのは自分なのです。


本当は全ての出来事には良いも悪いもないのです。

「ただ、それが起きた」という現実があるだけであり、

「ただ、そうなった」という現実があるだけなのです。


幸せも不幸も、良いも悪いも本当は全て自分が決めているにすぎないのです。


この地球上では人を殺すのは悪いことで、牛や豚を殺して食べるのは良いこと。

人に親切にすることは良いことで、人に暴力を振るうことは悪いこと。

そのようなことが当たり前の常識になっています。

もちろん、私もそれが正しいと思っていますからそのことに異論はありませんが、

宇宙的に見てみればそれは人間が自分たちで決めたことであって、

本当はそこには良いも悪いも存在しないということなのです。


例えば、塗り絵と同じだと考えると分かりやすいかもしれません。

起きた出来事は「ただの真っ白な絵」でしかありません。

自分がその真っ白な絵(出来事)を見てどのように感じて判断し、

自分がその真っ白な絵にどのような色を付けるのかということです。

その絵に鮮やかな色を塗ってキレイな絵にすることもできますし、

暗い色を塗ったり書き足したりして恐ろしい絵にすることもできます。

同じ絵でも自分がどんな色を塗るのかによって意味が大きく変わってくるのです。


宇宙的に考えてみれば本当は全ての出来事には良いも悪いもなく、

それに対して自分がどのように意味付けをするかで決まるのだと分かれば、

人に悪口を言われた、失恋した、階段で転んで骨折した、パソコンが壊れたなど、

一般的には「最悪だ」と思うようなことがあった場合にも、

「それは自分がそういう色を付けているからそう思うだけだ」

そのように考えることができて少しは気持ちも楽になるでしょう。


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物事を否定的に捉える癖がついていませんか?

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先日、ファミリーレストランで食事をしている時、

私の隣のテーブルに20代くらいの若いカップルが座っていました。

そのカップルのテーブルに店員が食事を運んできた時に、

女性は「わぁ、すごくおいしそう~!」と言ったのに対して、

男性は「ファミレスの料理なんてどこも同じだよ」と言いました。

女性は「でも、見て。すごくおいしそうだよ?」と言ったのに対して、

男性は「ファミレスの安い料理に味は期待できないよ」と言いました。


たしかに、ファミリーレストランの料理はプロの料理人が作るわけではなく、

学生アルバイトがマニュアル通りに作っているのでどこも同じでしょう。

しかし、女性は運ばれて来た料理を見て「おいしそう」と言っているのですから、

男性も「そうだね」と言ってあげればよいのにと思いました。


その男性も悪気があったわけではないと思いますが、

女性が「おいしそう」というプラスの言葉を使ったことに対して、

「どこも同じだよ」という言葉で女性の言葉を打ち消すことはないですし、

どこにでもあるファミリーレストランの料理だからといって、

「その料理がおいしくない」という理由にもならないでしょう。


誤解のないように言っておきますが、

別にその男性を非難しているわけではありません。

女性の方も嫌な顔をしていたわけでもありませんでしたし、

そのカップルは楽しく食事をして仲良く帰っていきました。

「この男性は物事を否定的に捉える癖がついているのかな?」

ただ、そのように私が感じたというだけの話です。


そして、その男性と同じように、

世の中には物事を否定的に捉える癖がついている人たちも少なくありません。


例えば、部屋の窓から夕日を見て「キレイだね」と言った人に対して、

「こんなの毎日見れるし、いつもこんな感じだよ」と言ったり、

動物園に行って「このパンダかわいい」と言った人に対して、

「パンダなんかどれを見ても同じだよ」と言ったりなど、

悪気は無くても相手の言った言葉をわざわざ否定する人というのは、

きっと物事を否定的に捉える癖がついているのだと思いますし、

そういう人ほど普段から否定的な言葉を多く使っているものです。


そのような人が人間的にダメであると言っているわけではなく、

物事を何でもすぐに否定的に捉えてしまうような癖がついていれば、

当然そのようなものが自分自身に引き寄せられてきますから、

日頃からどんな小さなことにも感動できる癖を身に付けた方が得という話です。


あなたの周りにも物事を否定的に捉える癖がついている人はいませんか?

また、あなた自身が物事を否定的に捉える癖を持っていたりはしませんか?


もし、そのような相手がいるとしたら優しくそっと忠告してあげてください。

もし、自分自身がそのような癖を持っているのだとしたら、

少しずつ否定的な言葉を使うことを意識的に減らしていきましょう。


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あなたは宇宙を信頼して生きていますか?

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あなたが目標に向かってどんなにがんばってどんなに努力をしても、

その結果が自分の望むものではなかったのなら当然落ち込むでしょう。

悔しくて悲しくて「もっとこうしておけばよかった」と思うでしょうが、

その現実から目を逸らしたり、無気力になってしまうのではなく、

今のその現実をそのまま素直に受け入れてしまうことです。


自分の努力や行動で変えることができる部分は変えればよいのですが、

自分の力ではもうどうすることもできないことに対しては無理に抵抗せず、

今のその現実をそのまま素直に受け入れてしまうことです。


今の自分の視点だけで考えるのではなく、

大いなる宇宙の広い視点で考えてみることです。



例えば、受験に失敗して希望とは違う学校に入ることになったとしても、

それは宇宙が「この学校に入りなさい」と言っているのかもしれません。


あなたがどうすれば幸せになれるのか?

あなたがどの道を進むべきなのか?

あなたがこの世に生まれてきた目的は何なのか?


大いなる宇宙は何でも分かっています。


結果はどうであれ、一生懸命努力してやることは全部やったのならば、

あとは「なるようになる」と宇宙に全てをお任せすればよいのです。

良くも悪くもどのような結果が出たとしても、

宇宙が「この道を進みなさい」と言ってくれているのだと思い、

抵抗することを止めて宇宙の自然な流れに身を任せることです。


自分の考えと宇宙の考えが正反対のこともありますから、

自分は「これがいい!」と思うことであっても、

宇宙は「こっちの方がいいですよ」ということもあります。

宇宙は全てのことを見通す力を持っているため、

長い目で見れば結果的に何が良くて何が悪いのかということを知っていて、

それを私たちに伝えて道を示してくれているのです。


今までの自分の人生を振り返ってみた時、

あの時は嫌で「何でこんなことに・・・」と思っていたことが、

今思えば「あれは結果的にあれでよかった」と思うことはないですか?


それは恋愛でも仕事でも同じことです。

自分にできることは全てやったのであれば結果は宇宙にお任せして、

成功したら喜べばいいですし、ダメならダメだったと受け入れることです。

この先どうなるのか分からなくて不安で心配でも、

その結果に無理に抵抗せずに全てを受け入れることです。

それが宇宙を信頼して生きるということです。


宇宙にはあなたの人生のシナリオが全て見えています。

あなたが宇宙を信じて常に宇宙とのプラグを外さずに生きていれば、

宇宙は必ずあなたが幸せになる進むべき方向へと導いてくれるのです。


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自分の感情の奥に何が隠れているのかを知るということ

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自分が何かを求めている時には、

「なぜ自分はこのような感情になるのか?」

「この感情はどこから来ているのか?」

そのようなことを自分自身に問いかけてみることです。


もしかしたら、それは不安や恐れから始まっているのかもしれませんし、

「自分には何かが欠けている」というような、

強いネガティブエネルギーから来ている感情なのかもしれません。


例えば、「老後に1人で生活するのは不安だから結婚したい」とか、

「みんなが持っているから自分も持っていないと恥ずかしい」とか、

そのような気持ちからそれを求めて行動しているのであれば、

当然そのような波動を持ったものが現象として目の前に現れてきますから、

何かを求めている時には「この感情は何から始まっているのか?」と考え、

「それが自分のどこから来ているのか?」を探し出してみることです。



表面的ではなく根っこにある自分の本当の気持ちを知ることができれば、

その感情に対する効果的な対処をすることができますから、

自分の心の奥底にある本当の気持ちを知ることは大切なことです。


また、他の人にとってはそこまで腹が立つようなことではないのに、

なぜか自分にとってはすごく腹が立って黙っていられなくなること。

例えば、道にガムを吐く人だとか、行列に割り込んでくる人だとか、

他の人は「モラルのない人だな」と思うだけであるのに対して、

自分はそれがどうしても許せないという気持ちになるのだとしたら、

「なぜ自分はこのような感情になるのか?」

「この感情はどこから来ているのか?」

そのように自分自身に問いかけてみてください。


自分がそういう感情になったことには必ず何らかの理由がありますから、

「この感情の奥底には本当は何が隠れているのか?」を探してみると、

もしかしたら、今まで自分が気付かなかったことに気付けるかもしれません。


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他人の価値観よりも自分の価値観を大切に

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モノの価値とは人が勝手に決めたものです。

お金は本来ただのコインや紙ですがそれに価値があると決めたり、

宝石も本来はただの石ですがそれに価値があると決めたり、

そのモノに何らかの価値を与えたのは人なのです。


例えば、一般的に高級魚とされている魚も「美味しいから」だけではなく、

漁獲量が少なかったり、決まった時期にしか捕れなかったり、

そのような理由から人が勝手に「高級魚」という価値を与えただけであり、

他の魚のようにいつでも多く捕れるとしたらその魚の価値は下がりますし、

「美味しいから」という理由だけならサンマやアジも高級魚になるでしょう。


つまり、モノの価値というものは絶対的なものではないのですから、

そのことに必要以上に惑わされたり、振り回されることはないですし、

人の価値観に無理をして必要以上に合わせる必要もありません。

何に価値を与えるのかは自分で決めればよいのです。


自分にとっては「家族のように大切なぬいぐるみ」であっても、

ある人にとっては「ただの汚れたぬいぐるみ」でしかなく、

自分にとっては100万円で売ってほしいと言われても手放さなくても、

ある人にとっては「タダでもいらない」ということもあるでしょう。


世の中でいくら「これには価値がある!」とされているものであっても、

「それは自分にとって価値があるものなのか?」

「それは自分にとって必要なモノなのか?」

そのように考えてみると世間や他人の価値観に惑わされなくなり、

余計な執着を持つこともなくなり生きていくことが楽になります。


もちろん、社会生活にはルールがありますから、

それを無視して自分の価値観だけで勝手に生活をしていたり、

自分の価値観を重視して人に迷惑をかけることは許されません。

そのような自己中心的な生き方さえしていないのであれば、

他人の価値観よりも自分の価値観を大切に生きることをオススメします。


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