人間関係の法則

1人で過ごす時間を恐れることはありません

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1日の終わりには静かな空間で少し1人になって、

今日1日の中で楽しかったこと、嬉しかったこと、笑ったこと、

失敗したこと、恥ずかしかったこと、イラッとしたことなど、

今日という日の中で感じたいろいろなことを振り返り、

今日の自分と向き合うことで心が整っていきます。


その間の時間だけはスマホの電源も切って、

誰にも邪魔されない「完全な1人の時間」を作り、

その1人の時間を楽しんでみるのはどうでしょう?


今の時代は「おひとりさま」という言葉があり、

それを「淋しい人」、「かわいそうな人」、「恥ずかしい人」など、

そのような意味でとらえている人も少なくありません。

1人で食事することや、1人で過ごすことを極度に怖れていたり、

いつでもどこにいても常に誰かと連絡が取れる状態でないと、

もう不安で不安で仕方がないというのは異常ではないでしょうか?


また、これは聞いた話ですが、

10代の若者の間では自分のスマホに連絡があってから、

1分以内に返信をしなければ文句を言われたり、無視されたりなど、

そのようなことになるのでお風呂にもスマホを持って入り、

夜寝る時も絶対に電源を切ることができないという、

そんな話を聞いたことがあるのですが本当でしょうか?


1人になってしまうことが怖かったり、

いつも誰かと繋がっていないと不安に感じてしまうのは、

心で繋がっている人間関係を構築できていないのかもしれません。


たとえ、しばらく誰にも会わず、連絡も取っていなかったとしても、

心でしっかりと繋がっている人間関係を持っていれば不安になることもなく、

いつも自分の心の中にその人がいてくれることで安心できるでしょう。


今日も一日、良い思考で良い波動を


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自分は自分の、相手は相手の世界の中で生きています

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あなたはこの世界で自分がやりたいこと、

信じたいこと、大切にしたいことを一生懸命にすればいいのです。


しかし、自分が見ている世界の正しさは自分だけのものであり、

自分が見ている世界のその正しさを、

相手が見ている世界の中で振り回しても通用しません。

それは日本と外国では法律が違うようなものです。

他人が見ている世界にはまた違う正しさがあることを覚えておくことです。


それはどちらが上で、どちらが下ということではなく、

どちらが気高く、どちらが下劣ということでもなく、

自分も他人もそれぞれの世界の中でそれぞれの正しさがあるということです。


ですから、もし、自分がやりたいこと、信じたいこと、大切にしたいことなど、

それらのことを誰かに否定されたとしても、

それは「その人の世界の中では違う」というだけのことであり、

それが自分の世界では間違いでないと思うのなら何も心配ありません。


なぜなら、その相手はあなたの世界の中で生きているわけではありませんから、

あなたには見えているものが相手の世界の中では見えていないのでしょう。


あなたにはあなたが見ている世界の正しさがあり、

相手には相手が見ている世界の正しさがあり、

この世界は1つしかないわけではなく、

本当は人それぞれ見ている世界は少しずつ違っていて、

それぞれの世界の中にそれぞれの正しさや価値観があるのです。



しかしながら、人間関係のトラブルの原因の多くは、

自分が見ている世界と相手が見ている世界の違いによって起こります。

立場が違えば見えてくる世界もそれぞれ違ってきます。

そのような時は、相手に見えている世界を少し覗いてみようと思うと、

そこに今まで自分の世界には見えていなかったものが見えることがあり、

それがヒントになって人間関係の悪化を防げることもあるでしょう。


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みんな違ってみんな良いのです

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自分の考えと相手の考えが違うように、

自分の好きなものと相手の好きなものが違うように、

自分が信じているものと相手の信じているものが違うように、

自分の見ている世界と相手の見ている世界が違うように、

自分の中の答えと相手の中の答えが違うように、

この世は何もかもが1つの正解しかないわけではなく、

正解は人それぞれの中に無数にあり、

そのどれもが本人にとっては紛れもない正解だったりします。


どんなに自分と相手の考え方や生き方が似ているとしても、

何もかもが全く同じで自分のコピーのような人は存在しません。

まずは、「みんなが同じではないこと」を覚えておくことです。

その社会の中で私たちはできるだけお互いを尊重し合い、

助け合い、協調しながら生きていくことはできないかを考えることです。


自分の答えと相手の答えが同じなら嬉しいでしょうし、

もし、全く違って自分にはとても理解できないとしても、

その相手を否定して罵倒したり、攻撃する必要はありません。

私たちは最初からみんな違っていて、みんな良いのです。


しかし、自分とはどうしても合わない人がいて、

一緒にいるとエネルギーが吸い取られてしまうと感じることもありますが、

その相手には相手の信じる世界の中で生きる自由があり、

自分とは波動が合わないというだけで必ずしも相手が悪いわけではないので、

そのような場合はできるだけ、その相手の世界には近づかないことです。


そして、最後に矛盾することを言うかもしれませんが、

私たちはこの「色の世界」ではみんなそれぞれ違いますが、

自分の命の根っこでは誰もが最初からすでに1つの命で繋がっています。

この世ではみんな違っていても本当は私たち1つの大きな命なのです。

それは誰もがこの肉体を離れた時にまた1つに戻るのです。

それまではみんなが違うこの「色の世界」を助け合いながら楽しみましょう。


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自分の世界と相手の世界が違うとしても

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私たちは地球という星の同じ世界の中で生きていますが、

人それぞれ見ている世界も生きている世界も違います。


例えば、日本で生きている私たちとアフリカで生きている人たちは、

地球という1つの世界の中で生きていることは同じですが、

日本とアフリカでは文化も環境も生活スタイルも考え方も違いますから、

私たちとは「生きている世界が違う」と言えるでしょう。


同じように、自分とは違う仕事をしている人や、

自分とは年齢が大きく離れている人なども、

それぞれの人たちが自分とは違う世界の中を生きています。


そのように考えてみれば、

毎朝、通勤電車の中で見かける人たちは、

それぞれが違う世界の中を生きている人たちなのです。


地球という同じ世界の中で生きていながらも、

本当はそれぞれが違う世界の中を生きていることの不思議さ。


このことをよく理解することができれば、

自分だけの世界の正しさを無理に押し付けることもなくなるでしょうし、

自分の世界と相手の世界は違う世界だとしても、

その2つの世界が重なり合いお互いに尊重し合い、

お互いの世界に橋をかけようと努力することで、

醜い罵り合いや暴力や悲劇などを回避できるようになるでしょうし、

社会は今よりも愛や優しさで溢れ「生きやすい社会」になるでしょう。


そして、今の21世紀の心の時代にこそ、

そのような生き方を私たちはしていく必要があるのではと強く感じます。


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自分とは違う意見や考えを攻撃する人について

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自分とは違う意見や考えを攻撃する人というのは、

相手が間違っていて自分の意見や考えの方が正しいと思っているからでしょう。


そのため、「この人は全然分かっていない」、

「この人に自分が間違っていたと認めさせたい」などと思い、

上から押し潰すように強い言葉を使ってしまう人もいます。


人は自分の今までの経験や知識から答えを出そうとします。

別にそれが悪いというわけではありませんが、

その知識や経験は人によってそれぞれ違うわけです。

そのため相手にうまく理解されずに誤解されてしまったり、

トラブルになってしまうことも珍しくありません。


特に、自分とは真逆の意見や考えだったり、

自分には理解できない意味不明なことだと思う時はイライラしてしまい、

つい、ひどく暴力的な言葉を使ったり、

相手をバカにした言葉で傷つけてしまう人もいます。


そして、それは自分の顔も名前も出さず、

何のリスクも背負わず好きに発言できるネット上ではよくある話です。


しかし、たとえ相手がよく分からないことを言っていたとしても、

「この人とは話にならない」とすぐに攻撃したりするのではなく、

「この人は何をこんなにも伝えようとしているのだろう?」

少しはそのように考えてみることも必要なことでしょう。


ただ、それでもどうしても「もうこれ以上は分かり合えない」、

「もうこれ以上は意味がない」と思う時は相手を攻撃するのではなく、

自分から静かに身を引く方が賢いといえるでしょう。


今日も一日、良い思考で良い波動を


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