人生という映画のストーリーを楽しみましょう

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「人生は自分の力で変えることができる」

「人生はもう全て決まっていて変えることはできない」


あなたはどちらの言葉を信じるでしょうか?

ただ、これはどちらが正しくてどちらが間違いということではありません。

なぜなら、それは自分がどの視点で見ているかによって答えは違うからです。


例えば、映画は最初から最後まですでにストーリーが決まっていますが、

その映画の中にいる主人公にしてみれば、

「自分の力で運命を変えてやる!」と思うでしょうが、

その映画を家のテレビで見ている人にしてみれば、

「今更ストーリーを変えることはできない」と思うでしょう。


それと同じようにあなたの人生も、

自分の力で人生を変えようと努力して頑張るのもいいですし、

全ては決まっていて変えられないと気楽に生きてもいいのです。


このようなことを書いてしまうと、

後者の考えでは「それなら努力しても無駄」、「つまらない」など、

人生を諦めて無気力になってしまうと思うかもしれませんが、

決してそのようなことにはなりません。


なぜなら、映画は誰もが内容は全て決まっていることを知っています。

それでも、ワクワク、ドキドキしながら楽しんで見るわけでしょう?

「ストーリーが全て決まっているのならつまらないから見ない」とは思いません。

それと同じで自分の人生は全て決まっていると思っている人たちも、

自分の人生で何が決まっているのかは分からないのですから、

つまらないと無気力になってしまうことはないのです。


自分の人生を映画の主人公の視点で見ていても、

その映画を見ている人の視点で見ていても、

どちらが正しくてどちらが間違いということではなく、

人生はどちらの視点で生きてもよいのです。


では、私はどちらの視点で自分の人生を見ているのかというと、

それはその時によって人生を見る視点を変えています。

自分の力でどうにかできると思うことは努力をしますし、

自分の力ではどうすることもできないことについては、

「これは最初から決まっていたのだ」と運命として受け入れています。


大事なことは人生をどちらの視点で生きるかというよりも、

どちらの視点でもいいですから「人生を楽しむ」ということです。

映画の主人公の視点で自分の力で人生を切り開き楽しんでもいいですし、

家で映画を見ている人の視点でリラックスしながら、

「次は何が起きるのか?」、「自分の人生はどこに繋がっていくのだろう?」

そのように自分の人生ストーリーを楽しんで生きてもいいのです。


今日も一日、良い思考で良い波動を


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世間の価値観に本当に納得していますか?

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私たちは知らず知らずのうちに世間の価値観の影響を受け、

「こうしなければならない」、「こうであるべき」など、

本当は「そうではないこと」も「そういうものである」と、

自分の中でその価値観も強く持ってしまっていることもあります。


例えば、

「誕生日やクリスマスを1人で過ごすことは悲しいことである」

「お正月には実家に帰るものである」

「お盆には墓参りに行くべきである」

「登録してあるアドレスが少ないことは恥ずかしいことである」


そのような価値観に自分で本当に納得していますか?

本当はそうは思わなくても無理に世間の価値観に合わせていませんか?


誕生日やクリスマスに1人で過ごすことが悲しいと思うのは、

テレビや雑誌などの影響を強く受けすぎているだけだったり、

大晦日やお正月を1人で静かに過ごすことが好きでも変ではありませんし、

墓参りは無理をしなくても自分が行ける時に行けばいいですし、

アドレスの登録人数を増やすためだけに知り合いの知り合いや、

1度だけ会っただけで顔も思い出せない人や、

登録してあるだけで1度も連絡を取ったこともない人など、

そのようなアドレスを大量に登録していても嬉しくないでしょう。


世間の価値観と自分の価値観が本当に同じならいいのですが、

そうではないのなら、今自分が大事だと思うことを大事にすればいいのです。

無理に世間の価値観に合わせて生きていれば息苦しくなるだけです。

そのような生活が自分を幸せにしてくれると思いますか?

今まで自分を縛っていた価値観を手放すと心に心地よい風が吹き抜けます。


ただ、世間の価値観とは違う生き方をしていれば、

人からは「寂しい人だ」と思われることがあるかもしれませんが、

自分は人から幸せそうに見られるために生きているわけではなく、

本当に自分が幸せになるために生きているということを思い出してください。


世間の価値観に惑わされて縛られて生活しているのではなく、

自分の人生の主人公は自分で自由に生きる権利があるのですから、

本当に自分が「良い」、「こうしたい」と思う生き方をしてみませんか?


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変わっていくことは宇宙の自然な流れです

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変わらない友情を望むのはよいのですがそれに執着することはやめましょう。

変わらない愛を望むのはよいのですがそれに執着することはやめましょう。

変わらない生活を望むのはよいのですがそれに執着することはやめましょう。



過去に宝物だったものも、

過去に信じていたことも、

趣味も、味の好みも、顔も、体も、

変わらないものなど何一つありません。


いつまでも変わっていないように思えても、

必ず何かが少しずつ変わっているものです。

それが自分にとって良いことだろうと悪いことだろうと、

いろいろなことが少しずつその形を変えていきます。


この世には永遠にそのままの形のものは何もありません。

変わることは悪いことなのではなく、それは宇宙の自然な流れです。


自分が変わってほしくないモノが変わっていくことは悲しいことですが、

「そのモノ」もいつかまた少し形を変えて自分の元に戻ってくるかもしれません。

変わっていくことを嘆き悲しんでいるばかりなのではなく、

変わっていくことを認めて受け入れて笑顔で手を振ってあげることです。


また、自分自身が変わっていく場合も「変わってもいいんだよ」と、

自分が変わっていくことを自分自身に許可してあげてください。


それに、自分が今大切に思っているモノは永遠ではないからこそ、

今のこの瞬間を精一杯に慈しみ感謝することができるのです。


私もあなたも今までいろいろなことが変わってきたはずですし、

これからもいろいろなことが変わっていくでしょう。

それらの変化に執着して必死にしがみつくのではなく、

「これも宇宙の自然な流れなのだ」と静かに受け入れていきましょう。


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「識」よりも「意」を優先して生きましょう

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禅では「意識」という言葉を「意」と「識」に分けて説明しています。


「意識」の「意」とは、

「この人とは気が合うかも」、

「この人は雰囲気がいいな」など、

直感的にそのように思うこと表します。


「意識」の「識」とは、

「この人と仲良くしていれば損はない」

「この人と付き合っていても何のメリットもない」など、

損得勘定で判断することを表します。


一見、このように見てみると、

「意」が良くて、「識」が悪いと感じてしまうかもしれませんが、

これは別にどちらが良くてどちらが悪いということではありません。

社会生活を営んでいく上では損得勘定で判断することも必要ですし、

誰もが損をするよりも得をしたいと思うのは当然のことでしょう。

しかし、だからといって「意」を無視して「識」だけで生きてはいけません。


本当は「この人とは一緒にいたくない」と思いながらも、

「この人はお金を持っているから」という理由で付き合っていたり、

本当は「海外で働くことにチャレンジしてみたい」と思いながらも、

「日本で仕事をしている方が収入は多い」という理由で働いていたりなど、

自分の本当の気持ちを押し殺して「意」ではなく「識」を優先しているのなら、

それは「自分の気持ちに嘘をついて生きている」ということになります。


もちろん、それが決して悪いということではありませんし、

お金、家族、今の自分に与えられている役割などの問題もあるでしょう。


しかし、だからといって自分の本当の気持ちに蓋をして、

いつまでも自分の気持ちに気づかないフリをしているのではなく、

「自分は本当に今のままでいいのか?」

「自分が心から納得できる生き方は何か?」


自分自身とじっくりと向き合ってみることも大切なことです。

自分は自分に嘘をつくことはできませんから、

それらの質問に対する自分の「感情」がそのまま答えになるでしょう。


損得勘定で考えて答えを出すことも時には必要ですが、

自分の気持ちや直感を最優先にして答えを出し、

「意のままに生きる」ことも忘れないでください。


誰もが1回きりの人生を生きていて決して時間は戻りません。

損得勘定やその結果ばかりを考えて生きるのではなく、

自分が素直に「好き」と思う人たちと付き合えばいいですし、

自分が素直に「やりたい」と思うことをやればいいでしょう。

それに、そのような生き方をしている人は誰もが素敵な笑顔をしているものです。


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宇宙の流れに身を任せながら生きるという意味

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宇宙の流れに身を任せながら生きるということを簡単に説明すれば、

良いことでも悪いことでも自分の人生に起きたこと、

その全ての何もかもを素直に受け入れるということです。


しかし、そのことをいくら頭では分かっているつもりだとしても、

実際に自分が望まない現実が目の前に降りかかってくれば、

「それでも嫌なものは嫌だ!」という気持ちが自然に浮かんでくるでしょう。


その感情が浮かんでくることは別に悪いわけではないのです。

そのような感情が浮かんでくることは自然なことなのです。

むしろ、自分の望まないことが起こった時にヘラヘラしている方が問題でしょう。


宇宙の流れに身を任せて生きるということは、

嫌なことが起きても微動だにせず平気で笑っていたり、

自分の中から怒りや悲しみの感情を排除して生きるということではありません。


どんなに全て宇宙の流れに身を任せながら生きているとしても、

自分が望まないことが起きれば怒りや恐怖などの感情が浮かんできますから、

嫌だと思うことには全力で抵抗すればいいですし、

それを回避するための方法があればそのための行動をすればいいのです。


しかし、一生懸命やったにもかかわらず結果的に望まない現実がやってきたのなら、

それは宇宙の流れに身を任せて「なるようになったのだ」と受け入れればよいのです。

それは決して諦めや投げやりに「どうでもいい」と思うのではなく、

「自分の力ではどうすることもできなかったのだ」と素直に受け入れることです。

それが宇宙の流れに身を任せながら生きるということなのです。


また、実際に起きてしまったことを「運命」として受け入れたり、

「この出来事の中に隠されているプラスの意味は何か?」と考えたり、

そのように全てを前向きに解釈して受け入れることも大切なことです。


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